2009年5月 1日 (金)

セルフモチベーションについて

久しぶりのブログ更新である。

長期休養明けの競走馬のように、書き始めはモタモタしてしまう。

やはり継続は力。何事も続けることが肝要だとつくづく感じる次第だ。

明日から連休の事業所も多いと思うが、その間しっかりとリフレッシュしたいものである。

私はというと、今年もあまりゆっくり休めそうにない。

仕事がむちゃくちゃ忙しいわけでもなく、気分的に休んでいられないのである。

生まれながらに貧乏性なのかもしれない。

あるいは人が休んでいる間に、仕事することに妙な優越感を覚えたりもする。

まあ、いずれにしても疲れる性分である。

来年こそは、GWに海外でも行けたらと思うが・・・・。

でも、世間は今、インフルエンザの脅威にさらされている。

これは決して他人事ではない。

外出するときはマスクをするとか、人ごみはなるべく避けるなど、できる限りの健康管理を心がけたいものである。

前置きが長くなったが、今日はセルフモチベーションについて考えてみたい。

セルフモチベーションとは、自分自身でやる気を引き出す力とでも言おうか。

給料とか職場の雰囲気などの外的要因ではなく、自分の心の中から湧き出るものである。

一番の薬は、自分と仕事を好きになることではないだろうか。

今の自分に誇りを持ち、今取り組んでいる仕事に楽しさや面白さを見出すことができれば、最高のパフォーマンスを生み出すことができるはずだ。

私は欠点だらけの人間で、これといった特技も持ち合わせていないが、自分が好きだし、労務という仕事にも誇りを持って取り組んでいる。

経済情勢が厳しさを増す中、働きたくてもなかなかいい仕事がみつからない状況で苦しんでいる人も多い。

労働者も大変だが、経営者はそれ以上に苦労している。

今こそ、国や会社に頼らずに自律型人間を目指すべきときである。

自分の魅力を自覚し、そして自分にできる仕事を自分の頭で考えて付加価値を高めていく。

そのようなことがが自然にできる人材になりたいものである。

肩肘張らずに、自然体で生きていくのが一番である。

2009年3月19日 (木)

上司がバカに見えるのは・・・

上司がバカに見え出してきたら、それは自分が成長してきた証である。

大いに自信を持つがいい。

逆にいつまでも上司を尊敬できる存在としてみているのであれば、今はいいかもしれないが、先行き少々心もとない。

なぜかというと、自分の頭を使って行動していない可能性があるからだ。

もし上司を尊敬していたら、どうしても彼の言うことを無条件で受け入れてしまうことが多くなってしまう。

もっとも、優秀な上司から学ぶべき点は、多いだろうから、それはそれでいい面も確かにある。

しかし、自分を成長させたいのであれば、上司の話は受け入れつつも、

「私だったらこう考えるのに」

「このようなやり方があってもいいのではないか」

などと考えるくせを身に着けたほうがいいだろう。

反対に、上司がバカに見えてきたら自分の成長を心の中で喜びつつ、感謝の気持ちを忘れないことだ。

自分が成長できたのも、周りのサポートがあってのことだからである。

傲慢な人は、ついつい、自分ひとりでここまで成長できたんだと考えがちだが、これほど思い上がった考えはない。

そして、そのような考えが、人間関係を壊し、信用を失うのである。

上司がバカに見え出したら、感謝の気持ちと周りに対する気配りを心がけていきたいものである。

そうすると、自分の成長に一層の拍車がかかることだろう。

2009年3月18日 (水)

責任から逃れる現代人

出世したくない若者が増えているようである。

まあ、確かに出世だけが人生じゃないかもしれないが、少々寂しい気がする。

自由気ままに生きて、できるだけ責任を負いたくないというのがホンネだったりするのではないだろうか。

もっとも、責任を放棄しているのは若者だけではないが・・・・。

それはともかくとして、出世したくないという人は、実は重要な点を見落としていることに、早く気付くべきだ。

それは、いつまでも若くないということと、今の仕事がもしかすると将来なくなってしまうかもしれないということである。

要するに今しか見えていないのである。

若いうちは、なかなか理解しにくいかもしれないが、今、少々きついぐらい自分をトレーニングしていかないと、後で必ず後悔するはめになる。

そこそこ働いて、そこそこの給与さえもらえればいいなんていう気持ちで取り組んでいると、ここぞというときに力を発揮できない人間になってしまう。

思考停止人間のまま、年を重ねると、後で苦労するのは他でもない自分自身である。

人間よほど心してかからないと、能力は衰えてくるものである。

若いころから、120パーセントぐらいに見合う仕事に取り組むぐらいでないといけない。

60パーセントぐらいの仕事を続けていると、数年後には間違いなくリストラ候補になってしまう。

今は国も会社も頼れない時代である。

自分を厳しく律し、将来もっと大きな自分になるためにも、自分を磨き、今できる最大限のことをやり抜くことである。

40代、50代になって惨めな思いをしたくないのであれば、別に出世なんかしなくていいから今のままでいいなんて考えは、即刻捨てるべきである。

2009年2月13日 (金)

適度な緊張感を保つには?

ぴりぴりした環境で仕事をするのも悪くはない。

適度な緊張感は能力を遺憾なく発揮する上で欠かせない要素である。

がんがん自分にプレッシャーをかけて仕事に取り組むべきだ。

今我々に最も欠けているのが、この緊張感なのだ。

リラックスタイムは、夜寝ている間だけで充分、あとはバリバリの緊張感を保ちたいものである。

歩きながらタバコを吸ったり仕事中にコーヒーばかり飲んだりしていないだろうか?

四六時中緊張ばかりしていては息が詰まるのも確かだが、適度な緊張感を保つ工夫はもっとあってもいいと思う。

ではどうすれば、そのような緊張感を醸し出すことができるのか?

それは、何をするにもタイムリミットを設けることである。

10時までにアポを取る。

3時までに会議を終わらせる。

明日中に結論を出す。

今日寝るまでに子供と会話を交わす。

タイムリミットは締め切り効果をもたらす。

全神経を集中させるにはこれが一番。

そしてもう一つ付け加えるならば、行動の成果を検証し、反省し、そこから教訓を得ることである。

だらだら生きても得るものはないばかりか、時間の浪費である。

人生は我々が考えているほど長くはない。

もっと緊張感を持って仕事に取り組みたいものである。

2009年2月12日 (木)

上司の独り言に応えるべきか?

「上司の独り言に応えるべきか悩んでしまう

電車に乗っていたらある広告に表記の言葉が目に付いた。

正直面白いなと感じた。

確かによく見かける光景である。

なまじこちらにまで声が聞こえるものだから無視していいものかどうか迷ってしまう人も少なくないのでは。

いろんな意見があってしかるべきではあるが、特に神経質になる必要もないだろう。

はっきりと名指しで声をかけられるまでは黙っているのが無難である。

だいいち、上司の顔色を気にし過ぎるのも考えものだ。

自分の仕事に集中していればそんなことにいちいち構ってられない。

厳しい言い方をすれば、上司の独り言ぐらいで悩むなんて仕事人として恥ずかしいとさえ思うぐらいだ。

もっと悩むべき対象は山ほどあるはずである。

上司の独り言ぐらい聞き流せばいい。

胸を張って堂々と自分の職務に専念しよう。

2009年2月 3日 (火)

嫌いな人とどう接すればいいのか?

どこにでも一人や二人は必ずいるものだ。

うっとうしい人物が。

自分の考えを平気で押し付けてくる。

他人の意見を一切聞かない。

すぐ感情的になる。

頭ごなしに叱り付ける。

揚げ足をとる。

うっとうしい人に限ってやたら頭の回転が速かったりするものだから余計に性質が悪い。

そんな人が自分の上司だったりすると毎日が地獄である。

「あなたが大人になりなさい」

なんて、アドバイスしてくれる人もいるけど、なかなかそうも割り切れないし・・・。

ではどうすればいいのか?

答えは簡単、それはその人を動物だと思うことである。

同じ人間だと思うから、腹が立つし、落ち込んだりするのである。

そうではなく、その人が、ゴリラかライオンだと思えば、腹も立たないし気持ちも随分楽になる。

ゴリラだったら、何を吠えられたり無視されたりしたところで別段何とも思わない。

しかも精神的に優位に立てたりもする。

そのゴリラを調教するぐらいの気持ちで接してあげることである。

ただし、決して口に出してはいけない。

人権に関わる重大な問題だからである。

あくまでも心の中にしまっておくことだ。

そうすることで、気持ちが楽になり嫌いな人と接することが苦痛でなくなるならば使わない手はない。

大人になれと言われてもなかなかしっくりいかないかもしれないが、

「あいつはゴリラだ

と思うのはそれほど難しくはないのではないだろうか。

どうしても好きになれない人物が身近にいるのであれば、ぜひ参考にしていただいたい。

2009年1月28日 (水)

人生の指針を見つける方法

景況感の悪化は深刻極まりない。

将来に対する不安感ばかり先立って、今何をすべきなのかわからないという人は多いように思える。

このような情勢だからこそ、自分の指針をしっかり持ちたいものである。

では、どうすれば人生の指針を見つけることができるのだろうか?

一番簡単に見つかる方法が実はある。

それは、自分にとって死ぬよりもつらいことは何なのかを考えることである。

どう生きるかについては多くの方が一生懸命考えているだろうし、またそのようなことをいかにももっともらしく教えてくれる人も存在するが、いかに死んでいけばいいのかについて論じている人はほとんど見受けられない。

だから、こんなことを言う人はあまりいないと思うが、将来どうやって死んでいくことが自分にとって理想的な生き方なのかについて考えてみると、自分のやるべきことがはっきりと見えてくるものである。

冷静に考えると死ぬことより怖いものはない。

しかし、死よりも怖いものがあるとすれば、まずそれをどう解決していくのかを考える必要がある。

ちなみに、私にとってのそれは、目が見えなくなることと思考能力が低下することである。

だから、そうならないために目を大切にしたり運動を継続したりしているのである。

また、思考能力の低下はそのまま仕事にも影響を及ぼすので、絶えず頭を働かせている。

ブログを書くのも実に頭の体操になる。

一番の敵は、現状でよしとする考え方である。

常に改善、向上を念頭において仕事に取り組まなければならない。

そのための情報収集にも余念がない。

世の中の動きにアンテナを張り巡らせるのである。

私にも不安がいっぱいある。

言葉では表現できないようなプレッシャーも感じつつ生きているとも言える。

しかし、人生の指針が心の支えにもなっている。

死よりも怖いものは本当はないけれども、もしそれぐらいだったら死んだ方がましといえるものがあるとすれば、人生の指針を見つけるきっかけになるのではないだろうか。

2009年1月16日 (金)

こんな奴にはガツンと言ってやれ!

日本人は大人しいとよく言われる。

確かにそうかもしれない。

自己主張する人はどちらかというと敬遠されがちである。

しかし時と場合によっては、その奥ゆかしさがマイナスに働くことだってある。

人間言いたいことを我慢し続けているとどこかで爆発するものだ。

だったら、もっと日頃から言いたいことをずけずけ言ってやったらどうだろう。

もちろん、最低限のマナーは必要であるし、言い方にも注意しながらであるが。

私は陰口という奴が一番嫌いだ。

陰口をたたくよりもたたかれる人間になったほうがずっと良い。

それはともかく、上司であれ部下であれ、このままではまずいなと感じたら、遠慮は要らない。

どんどん言ってあげよう。

少なくとも私はそうしている。

それで嫌われたらどうしようと考えなくもないが、私の経験上案外そのほうが信頼を得やすいようにも思える。

とげとげしいものの言い方は直さなければならないかもしれないが、今は立場を超えて、積極的に意見を言い合うことをしなければ会社も個人も生き残っていけない時代である。

やってみるとよくわかるが、自己主張する機会が増えると責任感が増してくる。

そして、本当に意味でモチベーションも高まってくるのである。

要するに、俺がやらねば誰がやるという心境だ。

周りに、やる気のない、自分勝手な人間がいるならば、ガツンと言ってやるべきだ。

遠慮は無用、あなたにやる気がないのなら、その仕事私がやるぐらいの心意気を持ちたいものである。

もっとアグレッシブに生きようではないか!

2009年1月15日 (木)

今人気のないセミナー

今日は大阪府工業協会様の新年パーティに参加させていただいた。

そこでセミナー担当者の方からお聞きした話であるが、今モチベーション関係のセミナーにあまり人が集まらないとのこと。

うーん、改めて経済情勢の厳しさを感じてしまう。

今は労使共、我慢、忍耐で乗り切るしかない。

生存権や人格権は当然守られるべきものではあるが、企業の存続なしに雇用も賃金もないということを忘れてはならない。

笑えない状況がまだまだ続く、いやもっとひどい状況が待っている。

それは覚悟しておいた方がいい。

経営者も労働者もそうしたますます悪化を辿る経済情勢を前提に行動計画を立てるべきなのである。

甘い幻想や根拠のない期待感は持たない方がいいだろう。

一層気を引き締めて自分の果たすべき任務に取り組んでいきたいものである。

2009年1月14日 (水)

メルマガ:セクハラの対処について

今日は新年最初のメルマガ発行。

タイトルは、セクハラの対処についてである。

今世間では派遣切りや正社員の解雇などが大問題になっている中で、労働者が少しでも働きやすい職場にしようと懸命に汗を流しておられる経営者もいるはず。

私は中小企業経営者の応援団であり、かつ企業存続のためのアドバイザ兼コーディネーターでもある。

頼りになる人材であり続けるために今後も価値のある情報提供をしていく覚悟である。

我々は死ぬまで勉強なのだ。

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